智子が体育教官室に戻ると、誰もいない体育教官室の智子の机の上に前日に頼んであったお弁当が置いてあった。
お弁当を食べながら、自分達を救ってくれた松尾という少年の事を考えていた。
(色白で女の子みたいな顔をしてたわよね....ホッソリしてたし...岡本の言っていた女子生徒を守っているリーダー役の男子生徒って、きっと松尾君の事よね....)
昼食を食べ終えお茶を飲んでいると、校庭を走ってくる岬まゆみの姿に気がついた。
「はあっ、はあっ....遅くなってすみませんでした」
愛くるしい顔がニッコリと笑い、智子はそこだけ光り輝いているような錯覚を覚えた。
(岡本が言ってたけど、本当に可愛いのね....)
ポニーテールの髪が頭を動かすたびに左右に動き、細く長い首が妙になまめかしい。
まゆみが自分と同じ服を着たら、まゆみの方が年上に見られるかもしれないと智子は本気でそう思った。
色が抜けるように白く、ぱっちりとした二重の大きな目がとても印象的でだった。
(なるほどね....サディストが苛めたくなるのがわかる気がするわ.....)
「授業の準備って何をすればいいんですか?」
「それじゃあ、体育館の用具室で待っていてくれる? すぐに行くから」
「はい、わかりました!」
まゆみは制服にしてはかなり短いスカートを翻して走って出ていった。
一緒に居るところを誰かに見られてはならないので、まゆみを先に行かせた数分後に智子は席を立った。
夏の日差しが肌に突き刺さる。
智子は隣の建物の中に入っていくと、まっすぐに用具室に向かった。
用具室のドアは閉まっており、智子が中に入っていくと跳び箱の上にまゆみが大人しく座って智子が来るのを待っていた。
つい今し方、岡本に犯された場所にいることは耐え難かったが、ここだけは隠しマイクもカメラもないのが岡本の言動からわかっていたので、ここを使うしか今は方法がなかった。
「どうすればいいんですか?」
ドアを後ろ手に閉めると、智子はまじめな顔になった。
「さっき教室で言ったけど、私はあなたの味方よ。 いい、私の話をよく聞いてちょうだい」
まゆみは智子が何を言おうとしているのか計りかねるような顔をしていた。
「私は本当は教師じゃないの。 ある特殊な部局の局員で、任務であなたをこの学園から救い出しに来たの」
まゆみの顔が一瞬微笑んだように見えたが、ゆっくりと暗くなっていく。
「あなたのお祖父様からの依頼なの....なんとしてでもあなたをここから連れだしてみせるわ」
「ありがとうございます....でも...無理です...絶対に....」
まゆみは俯いてしまった。
「私がこの学園に来てすぐのことです。 逃げ出した女子生徒がいたんですけど、結局捕まってしまって...」
まゆみは思い出したくもないというような顔をしてその時の事を話し始めたが、おぞましさで身体が小刻みに震えていた。
「塀の外に出て樹海を歩き回っているときに捕まったらしくて、連れ戻されたあとに公開お仕置きといって校長先生と教頭先生に代わる代わる犯されたんです。 二人が満足すると男の先生達が餌に群がる動物みたいに....最後に各学年の成績1位の男子生徒にまで....」
「....そ、そんな....逃げ出して捕まったら公開お仕置きで犯されるって話は聞いてるけど、そんなに大人数に?」
「はい....あの人最後には絶叫して気絶してしまいました....気絶してるのに代わる代わる....助けてくれるっていうのは本当に嬉しいです...でも捕まったことを考えると...」
智子はまゆみとコンタクトができればすぐにでも脱出できると考えていたが、捕まった時の事を考えて怖じ気づいてしまった。
「ど、どうすれば....どうすれば、いいの....」
「一番の問題は塀の外に出てからなんです。 道路までどうやって行くのかは男の先生しか知らないんです。 脱出するにしても周到な計画を立てないと、絶対に捕まります...絶対に...」
「.....わかったわ...あなたの言うとおりに綿密に計画しないと二人とも輪わされちゃうわけね...焦らずに考えるわ」
「私....」
「私? 何なの?」
「私わかるんです....吉田先生が私の代わりにみんなにお仕置きされるのが....色々難癖をつけて、どちらかをお仕置きしようとするに決まってます...絶対に....」
その一言を聞いたときに、安易に2年1組の担任になったことを後悔した。
すぐに脱出できないのなら、つかず離れずの位置にいた方がいいに決まっている。
まゆみの言うことはもっともであった。
「...お互いのために行動には気をつけましょう。 いいわね」
「はい、吉田先生も気をつけて下さい」
「私の名前は三島みどり。 マイクの無いところでは本名を呼んでね、まゆみちゃん」
「はい、気をつけます。 ところで、授業の準備って嘘だったんですか?」
「ええ、もちろん! 誰かに聞かれても大丈夫なようにね」
「私もう行かないと....」
「あぁ...そうね、もうじき授業が始まるわね...まゆみちゃん、先に出ていってくれる? 一緒の所を見られてくないの」
「はい、わかりました」
まゆみは用具室のドアを開けると、智子の方を振り返った。
「三島さん....ありがとう...私のために....」
智子は、走り去っていくまゆみの足音が体育館にいつまでも反響しているような気がした。
その音はいくら頑張って走って逃げても、いつも同じ場所でグルグルと回っているような音に聞こえて仕方がなかった。