勝負は、次の実力テスト。総合点で上まわったほうが勝ち、敗者は勝者の言うことに一つなんでも従う、というのが二人の決めたルールだった。
 決戦の日まで一週間。由理は、まさに寝る間も惜しんで勉強した。あんなふざけた奴には絶対負けない、その一心で。

 しかし、またも敗北。返ってきた順位表を見た由理は、机につっぷして悔しさにぷるぷる肩を震わせたほど。
 でも、それよりも気になったのが、当の孝彦が塾を休んでいたこと。
「あいつのことだから、絶対、鼻高々っていう感じでやってくると思ったのに」
 あの初対面の日以来、孝彦とは一言も話していない。今日なら、たとえ負けたにしても話ができる……そんなふうに考えてしまう自分の心を必死で打ち消しながらも、由理は彼がいないことになんだか物足りなさを感じていた。

(やっぱり、あいつの家に行ってみよう!)
 約束は約束だし、しょうがないよね……我ながら都合のいい考えだという気もするが、ここは素直に自分の心の声に従うことにした。


 塾帰りの昼下がり。由理の足は、清香に住所を聞いた孝彦の家へと向かっていた。なんでこんなことしてるんだろう、そう思わないことはない。でも、彼が休んでいることも気になるし……そんな揺れる心を抱いたまま、彼の家に着いてしまう。
 今川と書かれた表札。その下の呼び鈴を二、三回と押すが、返事がない……由理は、ちょっと首をかしげながら、玄関のドアに手を伸ばす。

(なんだ、外出してるのかな……あれ、鍵かかってない……)
 ノブを回すとドアはあっさりと開いてしまう。黙って入っちゃ悪いかな、そう思いながらも、由理は家の中に顔を覗かせる。
 おずおずと声をかける由理。二階から声がするのを聞き、少しとまどいながらも階段を上っていく。一つだけ光の洩れる部屋の前に立ち止まった由理は、こんこんとノックして中に入った。

「誰?……良文か、郁男か。わざわざ、見舞いに来てくれたのか……あれっ、君は……」
 ベットに寝ていた孝彦は、体を起こして扉のそばに現れた少女を見つめていた。すこし驚いた顔をしている彼に、由理は、はにかんだような笑みを浮かべる。
「ごめんなさい、急に尋ねてきて。ただ、今日テストの結果が発表されたし……ほら、約束もあったから……それで、私負けてたし……べ、別に心配してたんじゃないのよ」

 しどろもどろの由理。初めて男の子の部屋に入って緊張しているのか、その口振りはいつもの歯切れの良さが見られない。
 一方、さすがに彼女がここに来るとは思ってなかった孝彦もびっくりしたまま、ようやく声を絞り出す。
「いや、ぜ、全然、大丈夫だよ。今日も、ただちょっと疲れがたまってただけだから。最近、ちょっと無理して……」
「無理して?」

 由理の言葉に、しまったという感じの顔をする孝彦。由理は、ふと気づいたように部屋の中、机のあたりを見回す。
(うず高く積まれた問題集……もしかして必死に勉強してたのかな……)
 そんな彼女の瞳が、ふと机の前に貼られた一枚の紙に止まる。二ヶ月ほど前の順位表、孝彦の名の上の自分の名前……赤いペンでマーキングされているのに気づく。
(これっ……そっかあ……こいつも、私のこと気にかけてたんだ)
 これまで一年間、彼のことを意識してきた自分の想い。それが一方通行のものじゃなかったことを知って、肩からふっと力が抜けたような気がする。ばつの悪いものを見られた、そんな苦笑いをしている孝彦に、彼女は、とびっきりの笑顔を見せていた。