「あーあ、まったく脈なしかな・・・」
 神社からの帰り道、隆史はそんなことをぼやきながら歩いていた。
「それにしてもあの神社の巫女を、よりによって彼女がやってるとはなあ。全く誰だよ、あそこのお守りが恋愛にばっちり効くって言ったのは・・・」
 
 そう、隆史の想い人というのは、葉琉奈その人だったのだ。初めて彼女を見た時に受けた、物静かで触れば壊れそうな印象が忘れられなかったのだ。
 
(あれは確か五年前だったかなあ)
 隆史がいつものように友人の家に遊びに行った時、そこで出会った少女・・・それが友人のいとこである葉琉奈だった。庭の池のほとりで小鳥達とたわむれる姿、そしてこちらに向けてくれた涼しげな微笑み。そのたった一度の出会いが隆史の初恋だった。
 
(そして中学に入学した時、彼女と再会できたんだよな・・・もっとも相手は全然覚えてなかったみたいだけど。それに一年の時はクラスも違ったせいで、いまいち親しくなれなかったし。二年になってようやく同じクラスになれたんだけど、まだまだ友達の段階だからなあ・・・)
 
 そんなときにたまたま聞きつけたのが、あの縁結びのお守りの噂だったのだ。部活の女子マネージャーたちがかしましく話してたのを聞き、こっそり買いに来たつもりだったのだが・・・
(あー、これじゃあ、まるっきり逆効果だよ。それに、彼女あんまり気にした感じも見せなかったし・・・これで、少し気にした様子でもあれば期待が持てたんだけど。どちらかというと、いつもよりかえって元気よすぎる感じだったよなあ・・・)
 
「・・・あれは・・・」
 そんなことを考えながら歩いていた隆史の目にふと止まったのが、脇の店のショーウィンドウに飾られた一枚の手鏡、手の中にすっぽりと入ってしまうほどの小さな鏡だった。
 
「・・・ふーん、こんなところにアンティークショップなんてあったかなあ・・・まあ、いいや」
 興味を引かれた隆史は、薄暗い店内の中に入っていった。二十坪ほどの店内には様々な国のものと思われる骨董品や貴重品が並べられ、この空間だけが現世から遊離してるかのような印象を受ける。
 
「何をお探しでしょうか?」
 この不思議な雰囲気からそのまま浮き出したような女性・・・どうやらこの店のオーナーなのかな・・・がそう声をかけてきた。少し茶色がかったつやのある髪、ともすれば冷ややかな印象さえ受けそうなほど整った顔立ちに隆史は少し圧倒されるものを感じた。
「・・・あ、いや・・・あの鏡なんですけど。」
「あの品物ですか・・・あれは・・・」
 隆史の言葉に、その女性はちょっと首をかしげる。
 
「何か問題でもあるんですか?」
「いえ、そんなわけではありません・・・この鏡は持ち主の願いをかなえると言い伝えられてるものなんです・・・」
「本当ですか? なんだか信じられないけど。」
 疑わしそうな隆史の問いに、女性はゆっくりと首を横に振って答える。
「わかりません、私はこれに願いを託したことはございませんので・・・」
 
「まあ、いいか。それでは、これ頂きます。」
 鏡に不可思議な魅力を感じた隆史は、店主の言葉を途中で遮って、買ってしまうことにした。鏡を購入して店を出ていく隆史と、それを見送る女性。
「・・・ただ、持ち主の想いと少しずれた形で願いはかなえられるそうです・・・」
 彼女は、隆史の後ろ姿に向けてそうつぶやいていた。


「まあ、こんなもので願いがかなえば世話はないけどな・・・」
 その日の夜、自室で買ったばかりの手鏡をもてあそびながら、隆史はそうつぶやいていた。
「あーあ、せめて、こっちの気持ちに少しぐらいは気づいてくれたらなあ。」
 鏡にうつる自分の顔を眺めながら、先ほどの葉琉奈との会話を思い出す隆史。その瞳には、自分の想いを全く知りもしない葉琉奈と、想いを伝えることのできない自分自身への歯がゆさが浮かんでいる。
 
(自分の気持ちが伝わるだけでいい? そんなことはないだろう・・・)
 瞬間、隆史の頭の中にそんな台詞が響く。その言葉にはっとした隆史は、鏡に写った自分の表情が微妙に変化しているのに気づく。そう、まるで自分のはずなのに自分でないような・・・
 
「そんなことはない! 俺は・・・」
(俺は、彼女が欲しい・・・そうだろう?)
「・・・誰だ、お前は! さんざん勝手なことを!」
(俺は、お前自身・・・お前の中に眠る本当のお前さ。お前は、彼女を自分のものにしたがってる。彼女と一つになりたい、彼女をめちゃめちゃにしたい・・・)
「そんなことは・・・」
 
 ない、と言うつもりだった隆史の脳裏に、今日の神社でのシーンが浮かび上がる。自分にお茶を入れてくれた時、ちょっと前かがみになった葉琉奈の胸元・・・巫女装束からのぞく白い胸の谷間が。
「そう、俺は葉琉奈が欲しい・・・それが俺の願い・・・」
 心ここにあらずといった感じでつぶやく隆史。自分の意識とは違う別の存在が表にでてくるような感覚、そして、鏡に写った隆史は微かな笑いを浮かべていた・・・