(まいった……こんなにきついとは思わなかったな……)
 成り行きで手伝うことになったものの、これが半端じゃない大変さ。思わず、智行はため息をついていた。

 教室内には水道が無いために、廊下の手洗い場を使うしかない。洗った皿や、祐香が刻んだサラダやデザート用の野菜、フルーツを、両手に抱えて教室まで運ぶ。手洗い場と教室の間を何往復したかわからないぐらいになって、ようやくだいたい一段落した……

「うん、後は、明日の朝にちゃっちゃってやってしまえばいいよね」
 椅子に座り込んで一息ついていた智行。そこにやって来た祐香が、教室内を見回す仕草をしながら言葉をかけた。
「でも、付き合わせちゃって、ごめんね……そうだ、お茶でも入れて一服しよっか?」
 教室内に作られた即席のカウンター……小さい缶を取り出した祐香が、こぽこぽとポットからお湯を入れているのが見える。

「ふふっ、わざわざ家から持ってきたいい紅茶があるんだ……フォーションのスペシャルアールグレイなんだよ」
 大きめの瞳に自慢げな光りを浮かべながら、湯気のたつ二つのティーカップを両手に持ってやってくる少女。エプロンをかけたその姿は、まるで本物の喫茶店のウェイトレスみたい、そんな感想を智行は抱いた。
 
 ただよってくるかぐわしい紅茶の香り……カップを受け取った智行は早速口をつけてみると、
「……うん、確かにこれはおいしい!」
「でしょ? 私もいろんなメーカーのものを試してみたんでけど、やっぱりここのが一番かなって思って」
「でも、よく考えてみたら、祐香にこうしてお茶いれてもらうのって久しぶりだっけ……あ、ごめん」
「いいよ、呼び捨てでも。だって、幼なじみじゃない、ね、智ちゃん?」
「だから、その言い方はやめてくれよぅ……」

 祐香のちょっといたづらっぽい呼びかけに、智行は照れたような苦笑いを浮かべる。それでも、本心では悪い気はしない。
 幼い頃からのつきあい……でも中学に入ってからは、お互いなんとなく疎遠な感じがしてた、それが……
「ふふっ。智ちゃんとこうして二人っきりなのって、すごく懐かしいんだもんっ。もう何年になるのかなあ」
 同じことを感じていたのか、彼女もそんな言葉をもらした。
「そのわりに、祐香のドジなところは全然変わってないけどな」
「もうっ! 智ちゃんのそういういじわるなところも全然変わってない!」
 そして、二人で顔を見合わせてくすりと笑う。

(うん、この雰囲気。昔と全く同じだなあ)
 このひとときを楽しむように、手にした紅茶をゆっくり味わう智行。
 同じようにティーカップを持った祐香が、正面の椅子に腰掛けながら声をかけてくる。
「ねっ、何か体がぽかぽかしてきたりしない?」
「そういえば……こんな季節の夜だし、さすがに冷えるよなあって、さっきまでは思ってたんだけど」
「あのね、ちょっと紅茶にブランデーを混ぜてみたの。わりとおいしいでしょ。香りもよくなるし」
「ブランデー……そっか、この甘い香りがね。でも、よくそんなのあったなあ」
「うん、パパの書斎からこっそり拝借してきたんだ。前に、紅茶に入れるとうまいんだって教えてもらってね……それに……」

 含み笑いをもらしながら、祐香が声を少しひそめる。
「そのまま飲んでもいけるんだよね、これがさ」
「あ、あ~。祐香ってば、こっそりお酒飲んでるんだな、さては!」
 その様子から察した智行の言葉に、彼女はちょっと苦笑いを浮かべながら答えた。
「ま、まあ、いいじゃない。一回、試しに飲んだだけなんだもん。それより、智ちゃんも飲んでみる?」

「こ、これを……よし、そのかわり、祐香も飲むんだぞ」
 好奇心につられて、智行は彼女の提案にのってみる。それに、自分よりちょっぴり大人になっていた祐香への対抗意識もあった。
(そうさ、祐香に負けてる訳にはいかないもんな)