「うん、こんなもんかな……」
 待ち合わせ場所の、駅前ロータリー。俺は、約束の時間の十分も前に着いて、自分の服装チェックに余念が無かった。それもそのはず、
(なんたって競馬学校に入ってからというもの、もう丸二年以上、女の子と縁の薄い所にいたからなあ……)
 
「……ごめん、待った、おにいちゃん?」
 いきなりぽんっと肩を叩かれた俺は、驚いて後ろを振り返る。しまった、ぼーと考え事してたから風子が来たことに気づかなかったんだ。
 俺のびっくりした顔にちょっと目を丸くしながら、少女はにこっと微笑み返してくれる。
「でも、おにいちゃんって、結構きっちりしてるんだね。絶対、風子のほうが早く着くって思ってたのにっ」
「そ、そっかなあ……たまたまだよ」
 そんな言葉を上の空で返しながらも、俺の心臓の鼓動は一段高く跳ね上がる。
 
(か、かわいい……)
 目の前の少女の姿に、思わず目が釘付けになってしまった。
 まだ小学生か中学に入ったぐらいの小柄な体を包む、ピンクのブラウスとおそろいのスカートは、ふりふりのフリルがまた少女の愛らしさをかもし出している。それも、とびきりの美少女だからこそ……にっこり笑う彼女のさらさらの髪、ぱっちりした目、そして何もつけていないはずなのにつやつやなピンクの唇……全てが今はやりのチャイドルなんて目じゃないくらいに輝いて見えた。

「どうしたの、おにいちゃん? さっきからぼーっとして?」
「う、うん……な、なんでもない」
「さ、それじゃあ、早くどこかいこう? 時間がもったいないよ!」
 少女の姿にしばし見とれていた俺は、その言葉に急にはっとする。そうだ、それを考えなきゃいけなかったんだ。まあ、セオリー通りなら遊園地とか。でも、日曜は混雑するし。

 ……って、日曜? そういえば……
「十月最後の日曜……今日は、天皇賞の日だ、って、今は関係ないかな」
 ふと思いついた言葉が口にでる。まあ、デートの時に言い出すことでもないけど。
「それっ! ねっ、それ見にいこうよ、おにいちゃん」
 しかし、風子の口からは思いがけない言葉が飛び出した。

 俺は、ちょっと意表をつかれながらも、
「でも、ちょっと雰囲気違うんじゃない?」
「ううん、私ならいいよ。おにいちゃんも、生で見てみたいでしょ」
 もちろん、それは願ったりかなったり。そうか、風子ちゃんも競争馬好きそうだったし、考えてみればそれも一風変わってていいかもな。

「うわあ、しかしめちゃめちゃ混んでるなあ……」
 さすがに天皇賞……なんとか競馬場には入れたものの、周りを見ると人、人、人。それでも風子ちゃんを守りながら、かきわけかきわけ前に進んでいく。

「でも、ほんとにすごいね。風子、Gレース見るのは初めてだから、びっくりしちゃった」
「あれ、風子ちゃんって、競馬場なんて来たことあるの?」
「うん。家の馬がレースに出たときに、見に連れていってもらったことがあるから。こんな大きなレースじゃないけどねっ」
「じゃあ、風子ちゃんの家って、競争馬の牧場だったんだ?」
 俺の納得したような声に、コクリとうなづく風子ちゃん。

「うん、それでね、いつかは風子の家の馬も、こんな大舞台に立てると信じてるんだ~」
「そっかぁ……あっ、レースがはじまるみたい!」
 そしてわき上がる歓声……

「すごかったね、おにいちゃん?」
「うん……」
 そして帰り道、もう暗くなってしまった街を肩を並べて歩く二人。
 Gの凄さにあらためて圧倒されていた俺に、風子が話しかけてくる。

「でも、何年後かには俺もあの舞台に立ってるさ!」
「……その時には、風子の馬に乗ってるといいな」
 ちょっと冗談めかした俺の言葉に、風子は一瞬真剣な瞳をしたかと思うと、にっこり笑いかける。
 そんな少女の言葉にうなづいた俺は、ふと風子の体が小刻みに震えているのに気づいた。
(そうか、もう冬も近いもんな。こんな時間じゃだいぶ冷え込んでくる……俺って、自分のことばっかり考えてたのか)

 反省しつつ、脱いだ上着を彼女の肩にそっとかけてあげる。
 そんな俺の仕草にちょっと驚いた顔を向けた風子に、俺はぱたぱたと手を振って答える。
「寒いんだろ? いいの、いいの、俺は。あんなレースを見たあとじゃ、興奮で体が火照ってるから」
「……うん、ありがとっ」
「そのかわり、また今度会ってくれるかな?」
 風子は、そんな俺の言葉に力強くうなづいてくれた。