競馬学校を卒業した俺は、がむしゃらに頑張った。その姿を見れば、風子が会いに来てくれるかもしれない、そう思ったからだ。
 そんな願いは通じなかったものの、皮肉にもその頑張りのせいで、俺は見込みある新人騎手として注目されるようになっていた。乗馬の依頼も順調に舞い込み、順風満帆に見える中でも、俺は心のどこかにぽっかり空いたものを感じていた。

 そんなある日、
「おい、そういえばこんな依頼も来ているけど、どうする?」
 見ると、冬の福島新馬戦。寒いのは苦手だし、なにより遠い。これは敬遠するかな。
 
 そう思った瞬間、ふとその馬の所属牧場の名前が目に入った。
「南牧場……まさかね」
 それでも興味を引かれた俺は、馬の資料に目を通す。そしてその中の一枚の写真。
 サザンウィンドという名の、その馬を中心にした何人かの人物。そして馬の隣で笑う一人の少女。見間違うはずのないその姿……

「風子!」
 思わず高い声をあげてしまった。俺の驚いた声に、近くにいた同僚の調教師もびっくりした表情を見せる。
「突然どうしたんだ……その子か……」
「もしかして知ってるのか?」
「ああ、その牧場には何度か調教に行ったことがあるから。確かもう一年ぐらい前かな、交通事故だという話で、可哀想だったけど」
「死んだっていうのか! まさかそんな!」
「本当さ……その写真は確か、馬が二歳になったときの記念の写真だろ。その馬のこと、すごくかわいがってたからなあ、あの子。でも、そのあとしばらくして……」

(馬鹿な。俺が会ったのはちょうど一年前、その時にはもう亡くなってた……それじゃあ、風子は、俺の風子は幻だったっていうのか!)
 写真の中の風子を見つめる俺の瞳から涙があふれ出す……そんな俺の脳裏に、あの別れの時に言えなかった彼女の声が響いたような気がした。

(おにいちゃん……サザンを守って……私の代わりに)
 そうだ、泣いてなんかいられない。風子の願いに答えるために、俺にはやらなきゃいけないことがあるんだ!
「この乗馬依頼、受けるよ……必ず勝ってみせるさ」
 涙をぬぐった俺は、そう強く宣言していた。

 この一年間が、一瞬、走馬燈の様によぎった。俺の風子への思い、サザンの思い、そして風子の思い。全てを、この勝負にたくす!
 鞭を投げ捨てた俺は、サザンの首根っこを掴むと、ぎゅっと前に押し出すように力を入れる。そう、俺の力で少しでもスピードをあげるために……

「こ、これはすごい! サザンウィンド、猛烈な追い上げです。さきほどまでの差がぐんぐん縮まっていく……しかし、残りは百メートル、果たして届くのか、沢崎騎手!」
 ゴールまであと少し、もう前の馬なんて関係ない。一秒でも早くゴールに飛び込むために、全力を尽くすのみ。しびれた腕の力を振り絞って、サザンの体を思いっきり前に押してやる……

「さあ、並んだ、並んだぞ。ダイヤモンドアロー、サザンウィンド両者全く並んだ……どっちだ……今、ゴール~、わずかに外、サザンウィンド号か!」
 わき上がる歓声。そして疲れ果てた俺の目に、電光掲示板が映る。

「やりました、サザンウィンド! 驚異の末足、人馬一体の走りで新馬戦を見事に勝利。この冬の福島に、鮮やかに南風が吹き抜けました……」
 アナウンス、そして場内の歓声。ようやく、自分たちの勝利が実感できるようになる。
(風子! 勝ったよ。俺たち、勝ったんだ!)
 ウィニングラン、そして俺は高々と拳を天に突き上げた……天国の風子にも届くように……